Beating 第58号
2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
最終回:高等教育のフロンティア「理論」
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東京大学大学院 情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座「BEAT」
メールマガジン「Beating」第58号 2009年 3月31日発行
現在登録者1719名
2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
最終回:高等教育のフロンティア 「理論」
http://www.beatiii.jp/?rf=bt_m058
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┃★CONTENTS★
┃■1. 特集:2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
┃
┃ 最終回:高等教育のフロンティア 「理論」:
┃ 「アクティブ・ラーニング」
┃
┃■2.【お知らせ】「Utalk: 編み物のための読み書き
┃ —ボリビアの開発問題への取り組み—」のご案内
┃
┃■3. 編集後記
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皆さま、こんにちは。
桜も咲き始めて、桜の名所へ行き、花見を楽しんだ方も多いのではないでしょ
うか。
新年度を迎えるのにいい雰囲気になりました。みなさん、新年度を迎える準備
はできましたか?来年度の新しい出会いが今から待ち遠しいです。皆様ともお
会いできる日を楽しみにしています。
それでは今年度を締めくくるBeating 第58号がスタートです。
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■1. 特集:2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
最終回:高等教育のフロンティア 「理論」:
「アクティブ・ラーニング」
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今年度のBeatingでは、情報通信技術が導入されて間もない教科や領域に注目
し、その教科や領域で活躍する人や理論、プロジェクトを紹介しております。
題して「5分で分かる学習フロンティア」!!その最終回となる今月は、
“高等教育”のフロンティア、「理論」編をお届けいたします。
先々月は、「プロジェクト学習」、先月は「キャリア教育」をテーマにお送り
いたしましたが、これらの高等教育の実践の核となる概念の1つとして「アク
ティブ・ラーニング」が挙げられます。今回は、この「アクティブ・ラーニング」
を理論として見直してみたいと思います。今、叫ばれている「アクティブ・ラ
ーニング」とは、一体何なのでしょうか?
■「アクティブ・ラーニング」とは何か
アクティブ・ラーニングとは、根本・鈴木(2008)によれば、「学習者自身が、
学習に責任を持つことを重視した複数の教授モデルを表す包括的用語」とされ
ます。また溝上(2007)は、教員が学生に対して明確な正解を示すことが
困難になったポストモダン教育の代表的な学習形態として捉え、「学生の自ら
の思考を促す能動的な学習」と広義で定義しています。
つまり、アクティブ・ラーニングは、それ1つだけで特定の理論を成している
わけではなく、学習者が能動的に学習すること及びそのような学習を可能にす
る教授モデルをゆるやかに包括する概念であると言えるでしょう。
「アクティブ・ラーニング」の概念は、学習者の学習者に対する能動性を高め
るために生まれた概念であると考えられます。Johnson, Johnson, & Smith
(1991 / 2001)は、大学教育について、教員から学生に伝達するものとして
の知識観から、教員と学生がともに構築するものとしての知識観へと、「(教
員の知識で満たされる)受け身的な器」としての学生観から「自分の知識を積
極的に構成・発見・生成する主体」としての学生観へと変化しつつあると述べ
ています。そのような新しい知識・学生観に基づく授業を行うには、教室にお
いて協同学習を利用し、「自身の才能と能力を伸ばすため、他のクラスメイト
と協同的に取り組みながら、積極的に知識を構築する学生を助けること」が必
要であると主張しています。
つまり、授業を一方的な知識の伝達とみなす教員の伝統的な授業観と、それに
基づく一斉講義という教授モデルを脱却し、学習者の学習に対する姿勢を能動
的にすることが求められたのです。では、具体的にはどのような授業によって
アクティブ・ラーニングの実現が試みられているのでしょうか?
■「アクティブ・ラーニング」導入の試み
溝上(2007)は、アクティブ・ラーニングが、「学生参加型授業」、「協調/
協同学習」、「課題解決/探究学習」、「能動的学習」、「PBL(Problem /
Project Based Learning)」というように、様々な名前で呼ばれていると述べ
ており、アクティブ・ラーニングの実際の取り組みを次に分類しています。
・講義型授業(「教員の話が中心である授業」)
・演習型授業(「学生の活動が中心である授業」)
−課題探求型
−課題解決型
演習型授業のうち、「主として自由テーマによる調べ学習で、最後の結論は学
生の学習内容に依存する」タイプを「課題探求型」、「受講学生に課される課
題のもと学習を展開させ」、教員側で予め一定の学習内容を設定するタイプを
「課題解決型」に分類しています。
上記のうち、アクティブ・ラーニングを導入する授業は、演習型授業がメイン
となってはいますが、溝上(2007)は、講義型授業にも導入されていることや、
課題解決型においても広く行われていることに注目しています。
講義型授業を改善するための試みとして講義型授業が未だに用いられているの
はなぜなのでしょうか?実は、アクティブ・ラーニングにおける講義や教授の
重要性について誤解が生じているということが問題として指摘されています。
学生が能動的に学習に取り組むということは、学生が教員によるガイダンス
なしに、実践的な活動に身を置くことだけであるとは限りません。Mayer
(2004)は、構成主義に基づく教授方法が、インストラクションの全く無い
純粋な発見的メソッドに限定して捉えられる傾向があることに警鐘を鳴らして
います。つまり、アクティブであるべきなのは、学生の行動(Behavior)では
なく、認知(Cognition)であり、グループ・ディスカッションやインタラク
ティブ・ゲーム等の方法のみを唯一の手段とみなすのは誤りであると述べてい
ます(Mayer 2004)。
問題なのは、授業を一方的な知識伝達の場であると捉える教師による講義なの
であり、全ての講義ではないのです。溝上(2007)も「知識習得の学習とアク
ティブ・ラーニングとが別物であるという学習観」が問題であると指摘してい
ます。
■「アクティブ・ラーニング」導入の課題
また、アクティブ・ラーニングを目指すうえで、1科目・1授業による取組み
では不十分な場合も多々あります。実践的な活動で行われる問題解決に必要な
知識は、1科目・1授業で学習する内容や分野に閉じていない場合が多く、
またその点にこそ、その意義があるからです。
たとえば、先々月号でも取り上げたように、プロジェクト学習は、学生が自ら
問題を設定してグループで取り組む形式ですが、地域や企業といった学外の人
とも関わりながら、実践的な課題に取り組んでいきます。しかし、その過程を
通じ、問題を設定して解決するというスキルは身に付けられても、実際に問題
を解決するために必要な知識を同時に身に付けられるとは限りません。
溝上(2007)は、「学習スキルは教員さえ問題意識をもてば一授業内で教授
学習可能であるが、学習の質を内容という観点で高めようとすれば、一授業、
一教員の範囲を簡単に越えてしまうことが一般的である。」と述べています。
つまり、アクティブ・ラーニングを、学習スキルの習得及び学習内容の習得と
いう両面で実現するには、ある授業で学んだ知識を他の授業で活用できるよう
な授業間の有機的な連携も必要になります。そうなると、個々の授業実践の工
夫を越え、カリキュラムの再組織化が求められるのです(溝上 2007)。
■まとめ
「アクティブ・ラーニング」とは、学習者の能動的な学習及びその学習を実現
する教授モデルを包括する概念です。その背景としては、一方的な知識伝達と
見なす授業観に基づく講義型授業から脱却し、学習者の学習に対する姿勢を能
動的にする教授モデルへと転換しようとする動きがあったと言えます。
近年、アクティブ・ラーニングを導入する試みとして、プロジェクト学習を初
めとした様々な授業実践が蓄積しつつあります。しかし、学生による実践的な
活動を主体とした授業にシフトすることが唯一の手段ではないことに注意が必
要です。重要なのは、学生の「認知的な」姿勢をアクティブにすることなので
あって、全ての講義型授業を問題とみなすのもまた誤りです。
個々の教師が個々の授業の中で、講義の重要性を見直したうえで工夫をするこ
とに加え、複数の授業を組み合わせることも、十分な学習「スキル」と
「内容」の両方の習得を実現するために必要です。そのためには、カリキュラ
ムレベルでの再編も重要になります。専門教育に根差した既存のカリキュラム
にメスを入れ、学部を越えて制度的に再編することは、先月号のインタビュー
にもあった通り、大変難しいものであると言えます。
しかし、実現する方法もあります。その方法の1つとして、ICTを適宜使用
することが挙げられるでしょう。たとえば、CSCLによって時間的・物理的
制約を与えずにグループ活動を促進することや、LMSによって1科目・1
授業を越え、横断的に学習者の学習状況を一括してマネージすることが可能に
なります。このように、ICTの活用が、これからの高等教育におけるアクテ
ィブ・ラーニングの支援において重要な役割を果たすことも、大いに期待され
ていると言えるでしょう。
■参考文献
Johnson, D. W., Johnson, R. T., & Smith, K. A. (2001).
学生参加型の大学授業: 協同学習への実践ガイド (関田一彦 監訳).
東京: 玉川大学出版部. (Original work published 1991)
Mayer, R. E. (2004). Should there be a three-strikes rule against
pure discovery learning?: The case for guided methods of instruction.
American Psychologist, 59(1), 14-19.
溝上慎一 (2007). アクティブ・ラーニング導入の実践的課題.
名古屋高等教育研究, 7, 269-287.
根本淳子・鈴木克明 (2008). アクティブラーニングの動向調査. -
日本教育工学会第24回全国大会, 451-452.
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(特集記事協力:
大城明緒/東京大学 大学院 学際情報学府 修士1年
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1年間ご愛読ありがとうございました。来年度のBeatingは、執筆スタッフを一
新し、また新たなテーマで1年間、お送りしていきます。どうぞお楽しみに!
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■2. お知らせ : 「Utalk: 編み物のための読み書き
—ボリビアの開発問題への取り組み—」のご案内
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UTalkは、様々な領域で活躍している東京大学の研究者をゲストとして 招き、
毎月開催するイベントです。カフェならではの雰囲気、空気感を大切にし、
気軽にお茶をする感覚のまま、ゲストとの会話をお楽しみいただける場と
なっています。
途上国の経済発展のためには読み書きの教育が必要、とよく言われます。
もちろん、そういった試みもすでに広く行われています。けれど、それが
「編み物のため」の読み書きだったら?一見、編み物は読み書きとは別の話
のようですが…。4月のUTalkでは、途上国における読み書き問題の研究や支
援にフィールドワークを通して取り組んでおられる、中村雄祐さん(人文社会
系研究科准教授)に、なぜ「編み物のための読み書き」なのか、現地の人びと
の目線に寄り添ったお話をしていただきます。
みなさまのご参加をお待ちしています。
日時: 4月11日(土)午後2:00〜3:00
場所:UT Cafe BERTHOLLET Rouge
(東京大学 本郷キャン パス 赤門横)
http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/access.html
料金:500円(要予約)
定員:18名
申し込み方法: (1)お名前(2)ご所属(3)ご連絡先(メール/電
話)(4)イベントをお知りになったきっかけ、をご記入の上、
utalk2009@ylab.jp までご連絡ください。
※申し込みの締め切りは 4月3日(金)までとします。
なお、申し込み者多数の場合は抽選とさせていただく場合がご
ざいます。ご了承ください。
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■3. 編集後記
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3月も本日で終わりですね。とうとう明日からは新年度を迎えます。学校や会
社では新入生、新入社員も入ってきます。新入生、新入社員の皆さんも、また
新しく入ってくる方々を迎え入れる方々にとっても楽しみですね。
私事になりますが、来年度より東京大学より金沢大学へ異動することになりま
した。正式には金沢大学 大学教育開発・支援センターという部門に着任しま
す。そのため、今回で「Beating」編集担当も最後になります。1年間ありがと
うございました。
私はBEATで非常勤の頃も含めまして、2年半お世話になりました。夜、研究室で
論文を書いている時に突然、中原淳先生からお電話があり、「なりきりEnglish!」
のプロジェクトに入ってくれませんか?」とお話がありました。今、思えば、
中原先生からのお電話が私のターニングポイントだったんですよね。昔、母親
から「努力をしていれば、きっとその努力を誰か見てくれているから、努力す
ることを忘れないように」と言われたことがあります。その努力が報われた時
だったと思います。「なりきりEnglish!」も2007年度に終え、今年度からプロ
ジェクト「Conomi+」が始まり、1年目が終わろうとしています。BEATでの活動
を通じて、様々な経験をさせて頂きました。プロジェクトマネージメントにつ
いても学び、非常にいい経験をさせて頂きました。また私とは違う研究領域と
方々と一緒に研究することで自分の視野も広がり、自分の研究を進めていく大
きなヒントになりました。また、大切な仲間もできました。これからも大切に
したいと思います。
そして、ベネッセコーポレーションの皆様、BEATメンバーやBEATの活動を日頃
よりご支援して頂いている皆様のおかげでここまで努力して、やってくること
ができました。充実した2年半でした。大変感謝しています。これからもこの努
力することを忘れずに頑張っていこうと思います。
来年度からBEATは新しいメンバーを迎え、新しい研究にチャレンジして
いきます。
これからもBEATならびにBeatingへのご支援の程、よろしくお願いします。
「Beating」編集担当 山田 政寛
(東京大学 大学院 情報学環 特任助教)
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