今年度のbeat seminarでは、歴史的に著名なマルチメディア教材のレビューを行っていく予定です。第4回となる今回は、東京大学大学総合教育研究センター講師であり、BEATフェローでもある中原淳氏により、「CSCL : Computer Supported Collaborative Learning(コンピュータによって支援された協調学習)」のレビューが行われました。
「CSCL」とは、「Computer Supported Collaborative Learning:コンピュータによって支援された協調学習」の略称である。協調学習とは、複数の学習者同士がお互いにコミュニケーションをとりながら学び合う(知識構築や問題解決を行う)ことであり、このような学習をコンピュータによって支援しようとする研究活動が「CSCL」である。
従来の学習論では、学習とは学習者個人の知識の蓄積であると考えられており、教師の頭の中にある知識を、学習者の頭の中へ伝達することが学習であり教育であると考えられていた。これに対し「CSCL」は、知識を頭の中だけではなく他者や道具との関係で注目しようとする、状況的認知アプローチをとっている。従来の学習論から状況的認知アプローチへの転換は、
といった教授・学習観の変化をもたらした。この変化は協調学習を重視する教育実践や教育コンテンツの提案を活性化し、「学習者共同体」の概念を生み出した。
ジョージア工科大学Kolodnerの「Learning by Design」(2002)とは、従来の公式や概念の暗記に偏った科学教育への反省から、「ものづくりを通した科学教育」の提案をしたものである。 学習の手続きは
から構成される。この実践のねらいは、わかりにくくて取りつきにくい「公式の世界」と、放っておくと作りっぱなしになってしまう「工作の世界」を協調的学習・実験体験を通して結びつけることが目的である。この試みでは、従来の教育に比べて優位な学習効果の向上が認められた。またヴァンダービルト大学・認知とテクノロジーグループ(The cognition & technology group at Vanderbilt)による「ジャスパー・ウッドベリーの問題解決シリーズ」、通称「ジャスパー・プロジェクト(The Jasper Project)」(1992)は冒険ドラマ仕立てのビデオ教材で、教室全員で見るドラマの中に問題解決の手がかりが含まれており、最後に課題が提示される。学習者は、教室内で情報を交換したり、仮説を検証しながら課題を遂行する中で様々な科学知識を学習する。こちらも優位な学習効果の向上が認められた。
協調研究とは、人が協調しながら学習するとき、どのようなプロセスをとっているのかを研究するものである。代表的なものに「ミシンがどのようにして布を縫えるのか」に着目した中京大学の三宅なほみ氏の実験(1986)がある。その結果、タスクを積極的に実践する「Doer」と、「Doer」が行ったタスクをモニターしながら様々な指摘をする「Monitor」に役割が自然と分化することが見いだされた。この相互作用により、相互の理解は異なるが促進されるという効果が見られた。
また、協調研究には2つのモデルがある。
協調研究から生まれた教育手法として「Reciprocal Teaching」(Palincsar and Brown, 1984)が挙げられる。学習者が互いに教え合う相互教授を行う。「問題の提示」、「問うべき課題を明確化」、「結果の予測」、「結果の要約」、「学習リーダーの交代」というプロセスを繰り返して行うことにより貧困層の語学学習の効果を高める実践がされた。
人工知能の領域で「CSCW:Computer Supported Cooperative Work」という概念が用いられるようになった。それまでのコンピュータ中心の主義に対して、ユーザーを中心としたコンピュータのあり方を模索する研究者が現れた。この転換は学習者が相互の学び会うことを媒介するコンピュータのあり方の模索につながった。
社会的集団における相互作用によって事物が構成されているという立場(菅井,2000)である社会的構成主義を軸とした学習環境の提案、他者との相互作用を支援する学習システムの模索が教育工学の世界で行われ、その結果は個人の知識蓄積を効率化するシステム(CAI)から、複数の学習者による相互作用を通した学習支援システムへの転換をもたらした。
以上のような協調学習という概念の一般化とともに、インターネットの普及とWindows 95の登場などによる個人のコンピュータ利用の一般化が「CSCL」を盛り上がらせる要因となった。
セミナー会場において、ネットワーク上での科学的議論がいかに難しいかを来場者に体感してもらうために「手動 de CSCL」という簡単なワークショップが行われた。会場で即席で作られた2,3名のグループで、物理で有名な「鉛直投射問題」と「振り子問題」について筆談だけで現象を力学的に説明し、グループの合意を形成した。この作業により、メディアを媒介したコミュニケーションによる科学的議論の難しさを来場者は体感した。
一番の問題点は進行調整役の欠如である。これは議論を収束したり、一貫性を保持することの難しさをもたらす。また、このワークショップではリアルタイムにコミュニケーションができる同期型のコミュニケーションを行ったが、実際のネットワーク上のコミュニケーションはやりとりに時間差がある非同期となることが多い。また、提示する内容を保証することが欠如しやすく、科学的議論のフレームが成立しにくい。
初期の「CSCL」システムである「CSILE」(Scardamalia & Bereiter, 1996)ではやり取りするメッセージに「発言ラベル」をつけて科学的議論のフレームを構築しようとした。「発言ラベル」には「自分の考え」や「この根拠は…」といったものがあり、そのメッセージのフレームの中での位置づけを明確化し、何が科学的議論に足りていないのかが判るようにした。また「Covis」(Kevin et al, 1995)では「主張」や「根拠」といったラベルを付加した上、「主張」の後には「根拠」をしか発言できないといったコミュニケーションの制限をかけることにより科学的議論のフレームを構築しようとした。
中原氏が関わった実践として「rTable (round or role table)」が紹介された。「rTable」では参加者に議事の進行を行う「司会」、話題の設定をする「提案」、最初にコメントを述べる「質問」、ボードに相互作用を図示する「要約」といった、役割が付与される。この役割は前出の「Reciprocal Teaching」と同様にセッション単位で交代を行う。「司会」や「提案」によって話題を焦点化し、「質問」によって話題をより吟味、「要約」によって相互作用の混乱・錯綜を防止するといった効果をねらった。結果的に「rTable」は「あれ、なんだっけ?」といった議論を調整する発言が減少し議論が円滑化された。
「CSCL」の関心はツールの開発から、ツールの利用をどのように授業に埋め込むか、どうやってシナジー効果をもたらすか、カリキュラムの中で協調学習をどのように位置づけるか、といった「Pedagogical Model」へと移っていった。カリフォルニア大学バークレー校の「WISE」(http://wise.berkeley.edu/)は教師も含めて誰でも「CSCL」のコンテンツを作成できる仕組みである。「WISE」がユニークな点は、カリキュラムを作る教師側が互いにコミュニケーションをとれる仕組みを提供していることである。
次に期待されるのは「インストラクショナルデザイン」との融合である。カリキュラムを作る上では「学習支援理論」の知見を取り入れることが重要である。また、どのようにカリキュラムの中でテクノロジーを応用するかということが「CSCL」の中心的な問いである。そして探求すべきは「Pedagogical Model」や「Media Mixed Learning Environment」である。MITの「TEAL」は最先端の「CSCL」の例として挙げることができる。他にも大学同士が連携して巨大な「CSCL」プロジェクトを立ち上げる例も出てきている。
子どもの学習は状況的で従来の方法が適用できない、という理由で評価がきちんとなされなかった。また「CSCL」に関わる研究者や教育実践者の専門分野が多岐に渡り、工学専門の研究者、認知専門の研究者、現場の教師など、違う立場にある者同士の連携がうまくとれず、相乗効果を生み出すことができなかった。
続いて、質疑応答が行われました。
A.
A. そのような意味では確かに「CSCL」と言えなくはない。
A. 単に一方的な課題設定をしてもうまくいくとは考えられず、各学習のフェーズで「何を明らかにするのか?」ということを予測しながらカリキュラムを設定する必要がある。
A. 確かに誰もが問題視していそうな社会的な問題をテーマにしても、文脈が違えば問題に感じないかもしれない。一つは「この問題を解くとどのようなメリットがあるのか?」を理解させながら進行させるアンカード・インストラクションを用いることが考えられる。また、学習とは一人で頭で考えて行うものだ、という観念を持っている学習者の存在も考えられる。このような学習者に対しては協調学習のメリットを感じやすい小さな課題から設定をして、徐々に大きな課題を与えていくことによって協調学習に慣れさせるなどの工夫が必要である。
A. コンピュータを使うメリットは、頭の中にある概念を記号として外化するのに都合がよい道具だからである。外化したものをリフレクションすることによる理解の促進が期待できる。また外化したものがストアされいつでも取り出せることもメリットである。
A. 個人ならばレポートなどを提出させればよいかもしれないが、グループワークならば学習者同士が評価し合うといった工夫が考えられる。グループへの個人の貢献度を評価する場合は、グループワークに対して得点を与え、グループ内の学習者同士が話し合って点数を分配するといった試みもある。
A. ユビキタス・コンピューティングでは、「コンテクスト・アウェアネス」という考え方が基礎となっている。そのためには、特定のコンテクストを読み取るセンサー類を環境に埋め込む必要があると考えられるが、そのコストよりも学習者の学習成果が上回ることができるかが難しいところだろう。図書館や博物館といった学習のための場、または歴史的建造物などその場でしか学べないことがある場所など、特定のコンテクストにおいては有効かもしれないが、どこでも、ということに対しては疑問が残る。
Q.「CSCL」は複数の学習者同士が相互作用を通して知識を構築していく学習だとしたら「電車男」は「CSCL」だろうか?
Q. これから「CSCL」を利用した授業を行う上で、その課題テーマ設定はどのようにしたらいいのだろうか?
Q.「CSCL」に参加する可能性のある学習者は、その背景知識が多様であると思われるが、そのような多様な学習者に対して「CSCL」のメリットをどのように説明したらよいのだろうか?
Q. 協調学習はコンピュータを用いなくても可能であるが、コンピュータを用いることの本質的な理由は何か?
Q. 高等教育の「CSCL」における成績評価のアイデアはあるのか?
Q. ユビキタス・コンピューティング時代の「CSCL」はどのようになるのだろうか?
今回は協調学習の基礎的なお話から、ネットワーク環境を利用した研究・教育実践と非常に多岐に渡る内容を丁寧にレビューして頂きました。これまで何度も指摘されていますが、やはりこのような学習環境の評価の困難さが課題となっています。また、多くの学習者が関わる学習環境ほど、意図的に「仕掛け」を作ることが難しいことを実感しました。
次回の開催は8月5日(土)が予定されています。皆様の参加をお待ちしております。