Beating 第13号
「5分でわかる学習理論講座」
第2回:学習理論領域における学習観の大きな転換点を捉える!
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東京大学大学院 情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座「BEAT」
メールマガジン「beating」第13号 2005年6月30日発行
現在登録者575名
「5分でわかる学習理論講座」第2回:
学習理論領域における学習観の大きな転換点を捉える!
http://www.beatiii.jp/
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こんにちは。毎日蒸し暑いですねー。
でも本格的な夏はまだまだこれから。今年はどんな夏を過ごし、どんな思い
出がうまれるのでしょうか?
今回は、7月9日(土)のBEAT公開研究会開催をはじめ、お知らせがいろい
ろあります。今年の夏の1ページに加えていただけるとうれしいです。詳し
くは本文を見てくださいね。
では、beating第13号のスタートです!
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┃★CONTENTS★
┃■1. 特集:2005年度beating特集「5分でわかる学習理論講座」
┃ 第2回:学習理論領域における学習観の大きな転換点を捉える!
┃ 〜「行動主義」と「構成主義」
┃
┃■2. 【お知らせ】公開研究会「beat seminar」2005年度第4回
┃ 7/9(土)開催!
┃
┃■3. 【お知らせ】東京大学 教育環境のリデザイン:第1回シンポジウム
┃ 情報通信技術による「授業の革新」 のご案内
┃ 7月11日(月)午後3時から
┃
┃■4. 【お知らせ】「チャイルド・サイエンス懸賞エッセイ」募集中
┃ (締め切り7/20)
┃
┃■5. 「紹介したいこの人この1冊。 オススメお蔵出し!」
┃
┃■6. 編集後記
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■1. 特集:2005年度beating特集「5分でわかる学習理論講座」
第2回:学習理論領域における学習観の大きな転換点を捉える!
〜「行動主義」と「構成主義」
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今年度のbeatingでは、BEATの研究をより理解していただくために、背景と
なっているさまざまな学習に関する理論を、1年間でみなさんとともに学ぶこ
とを目的とした「5分でわかる学習理論講座」を開講いたします。
1カ月にひとつずつすぐに応用可能な理論・方法を中心に、情報技術を用いた
学習環境に関する注目理論・キーワードについて解説していきます。
「なにそれ?ハツミミ?」という方も、「なんか聞いたことはあるけど…」
という方も、「すでに知ってるゾ!」という方も、それぞれにきっと新しい
発見があるはずです。
BEATの研究の最大のテーマは「ひとの学びを支援する」ことにあります。し
かし、「ひとの学び」ってひとくちに言っても、一体どういうことを示すの
でしょうか?そもそもこれが明確にならないと、支援のしようがないですよ
ね。
そこで、第2回目となる今回は、「ひとの学び」とはどういうことか、それを
どのように捉えるかという「学習観」について、学習理論の研究における大
きな転換点を取り上げます。学習理論専門の方には常識かもしれませんが、
まず基本的な流れから、みなさんと確認しながら進めていきたいと思います。
ちょっと長めの記事になりますが、おおまかな流れをつかむことを目標に、
読み進めていってくださいね。
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「学習理論領域における学習観の大きな転換点
〜『行動主義』と『構成主義』」
人が「学ぶ」ということについて、古くからいろいろな領域での研究がなさ
れてきました。今回は学習研究の大きな転換点となった「行動主義」と「構
成主義」について、学習心理学の視点から押さえていきます。
2つの学習観の最も大きな違いをおおまかに言ってしまうと、学習者を受動的
な存在と見るか、能動的な存在と見るかという点になります。前者においては
学習者を知識を流し込まれる器のような存在ととらえ、また後者においては学
習者を自ら外部に働きかけ知識をつかみとる力を持つ存在ととらえています。
この違いに着目して、それぞれの理論をみていきましょう。
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●受動的な学習観:「行動主義」による学習の定義
人がどのように思考しているかを研究する学問、心理学が学問として成立し
たのは19世紀後半のことです。このころ、意識や思考のプロセスを探るには、
その人に直接たずねる「内観法」とよばれる方法に頼っていました。
この「内観法」の主観性を問題視し、客観的な心理学を求めて提唱されたの
が「行動主義」による心理学です。「行動主義」により学習を定義すると
「行動が変わること」となります。行動主義的な学習観では、客観的に示す
方法がない頭の中のデキゴトはブラックボックスとみなしてしまい、科学的
に扱える「行動」のみを対象に評価や研究を行うのが「行動主義」の特徴で
す。
例えば、誰かの講演が終わった直後に「勉強になりました」と言っている人
をよく見かけます。でも、行動主義の観点では、この時点では学習したとは
いいません。学習したかどうかはすべてその人の行動が変わることによって
示されるからです。乱暴ですが「わかったならやって見せなさい」が行動主
義的な学習効果の評価原理といえるでしょう。
代表的な行動主義心理学者のひとりB.F.Skinnerは、自らの提唱する理論に基
づき、1960年代に「プログラム学習」と「ティーチングマシン」を開発しま
した。開発のきっかけとなったのは、愛娘の授業参観に行ったSkinnerが、授
業方法のひどさに呆れたことだそうです。Skinnerは「これはネズミの訓練以
下の教育だ」と憤慨し、その結果開発されたのがプログラム学習です。スモ
ールステップ・即時フィードバック・自己ペースでの学習などの有名な原理
により構成されるプログラム学習の考え方は、授業・教材設計の思想に大き
なインパクトを与えました。
プログラム学習は、徹底的な反復により課題処理のスピードを上げたり、課
題遂行能力を上げることを目的とするドリル学習の設計に端的に適用できま
す。コンピュータを使えば個人のペースでの学習や即時フィードバックが簡
単に実現でき、定めた通りのステップで学習目標に導くことができるため、
初期のCAI(Computer Assisted Instruction)から現在のe-learningの教材設
計にもプログラム学習の考え方は広く活用されています。身近な例を挙げれ
ば、タイピング練習ソフトなどはコンピュータの普及に応じて広まった、現
在に生きる行動主義的な学習の典型のひとつといえます。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●能動的な学習観:「構成主義」による学習の定義
「行動主義」における教える側からの管理的な学習観に対して、学習者側か
らの能動的な学習観を提唱するのが「構成主義」による心理学です。
構成主義はJ.Piagetの認知・発達理論に基づき「人が、自分がすでに持って
いる知識構造(シェマ)を通して外界と相互作用しながら、新しい知識を得、
新しい知識構造を構成すること」を学習の定義とします。もう少し砕いて表
現すると「人は自らのいる環境で回りにある材料を使って行動する過程で自
らさまざまな概念や知識を学び取るのである」といった主体的・積極的な学
習観を示します。
6月の公開研究会でレビューを行った、「Logo」という子ども向けプログラミ
ング言語は、Piagetの構成主義に強く影響されたS.Papertによって1968年に
開発されました。PapertはPiagetの構成主義(Constructivism)を進めて、子
どもがLogo言語を使ったインタラクティブなプログラミングでコンピュータ
グラフィクスを描いたり、ロボットを制御したりといった、自ら環境(道具
や材料)に働きかけ環境そのものを構成することを通して学習するという構
成主義(Constructionism)を提唱しています。
Logo言語によるプログラミング活動を通して、理想的には以下のようなプロ
セスで、数学(主に幾何学)的な考え方や具体的な手続きについての学習が
生まれることを想定しています。
---
コンピュータの画面に絵を描きたいと思う(=動機付け)
↓
知っている方法でプログラミングして絵を描いてみる(=外化する)
↓
うまくいかなかったときには失敗の理由を反省し修正する(=デバッグ)
↓
どうにかして「うまくできる方法」を手に入れる(=知識構造の変化)
↓
学習した!
---
Logoプログラミングによるこのような学習プロセスでは「どのように学ぶか
を理解すること」を目指しており、現在総合的な学習の時間などで取り組ま
れている、推論・吟味などの合理的な思考過程(Critical Thinking)の学習
や問題解決型学習に通じるものといえるでしょう。
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●「行動主義」から「構成主義」へ
「行動主義」から「構成主義」へ、このように学習観は大きく転換しました。
また近年、学習観とその研究の方法論はさらに大きく変化しています。人の
学習については、検討すべき課題が教育学や心理学だけでなく、社会学や人
類学などとめどもない領域にまたがっていることがわかってきたからです。
個人を単位として学習を定義する心理学から、文化や歴史など、私たちが日
常生活している社会を基盤として、そこでの文脈や状況によって学習を解釈
しようというアプローチへと広がり、現在、人の学習は個人と集団(共同体)
の相互作用を通して構成されるものと見る「社会的構成主義」へと発展を続
けています。(「社会的構成主義」については次回の特集で取りあげます。)
改めて今回確認してきたことは、「行動主義」がそのブームを終え、「構成
主義」もさらに新たな展開を見せている現在でも、プログラム学習に基づく
自学自習教材や、「構成主義」に基づくモノ作りからの学習など、伝統的な
学習理論は領域に応じて適用され、効果をあげているものもあるということ
です。
教育や学習の目的も価値も時代の流れとともに変わり、普遍的なものではあ
りません。教える側にとっても学ぶ側にとっても、課題と状況に応じて新旧
いろいろな理論からのアプローチを試みながら、均衡点を常に探し続ける柔
軟で動的な学習観を持つことが期待されているのではないでしょうか。
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●参考文献
『ベーシック現代心理学 教育心理学[新版]』
子安増生・田中俊也・南風原朝和・伊東裕司(著) 有斐閣
【ご購入したい場合はコチラ】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4641086826/
『人が学ぶということ 認知学習論からの視点』
今井むつみ・野島久雄(著) 北樹出版
【ご購入したい場合はコチラ】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893849042/
『個を生かす学習指導 確かな学力を育てる』
学校教育研究所(編) 学校教育研究所
【ご購入したい場合はコチラ】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4762505242/
『教育工学事典』
日本教育工学会(編) 実教出版
【ご購入したい場合はコチラ】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4407051108/
(第2回担当:中野真依/BEATコーディネータ・ベネッセコーポレーション)
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今回は「学習観」について取り上げました。「学習観についてはOK。じゃー、
これからの教材はこのうちどの学習観のもとに作成していけばいいかな?」
と、そう簡単にはなしは進みません。第1回で取り上げたように、現実は複雑
に入り組んでいるからです。私たちが生きている現在にマッチした学習観に
ついては、もう少し知識を得て冷静に選択できる目が必要です。そのために
次回は、「社会的構成主義」を取り上げます。「行動主義」「構成主義」を
踏まえてどのような学習観に移行していくのか、お楽しみに。
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ここで、この講座をよりよく理解するための、課題図書ともいうべき一冊を
ご紹介しておきます。
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『「未来の学び」をデザインする』
美馬のゆり・山内祐平(著) 東京大学出版会
http://www.utp.or.jp/shelf/200504/053078.html
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特に、巻末の参考文献リストは、これからこの講座で紹介していくさまざま
な学習理論の参考図書がよくまとまっています。
では、「5分でわかる学習理論講座」次号もどうぞお楽しみに!
ご感想・ご意見もお待ちしております。
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■2.【お知らせ】公開研究会「beat seminar」第4回 7/9(土)開催のご案内
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2005年7月9日(土)、「BEAT」では、2005年度第4回目の公開研究会を開
催します!
「BEAT」の研究内容や、教育に関するIT技術利用に関する最新動向などをテ
ーマにした公開研究会です。開催情報は、今後も公式Webサイト、メールマ
ガジン「beating」でご案内を差し上げます。
2005年度の公開研究会は、「デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロ
ジー」と題し、古今東西のデジタル教材をレビューすることによって、みな
さまと一緒に教育を支える新しい人工物の姿を考えていきます。
この公開研究会でレビューした教材を中心に、来年次のような本の出版を予
定しています。
———————————————————————————————————
「デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー」(仮称)
2006年春出版予定
ベネッセ先端教育技術学講座(編著)
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第4回となる今回は、「CSCL : Computer Supported Collaborative
Learning(コンピュータによって支援された協調学習)」をとりあげます。
協調学習とは、複数の学習者が、お互いにコミュニケーションをとりあいな
がら、学びあう活動をさします。こうした学習を、コンピュータによって支
援しようとする研究領域が、CSCL(コンピュータを活用した協調学習支援:
シーエスシーエルと呼びます)ということになります。
当日は、CSCLの理論的背景、社会的背景などを「総オサライ」します。
また、デモやビデオなども可能な限り使ってみたいと考えています。
「魅せます、CSCLのすべて:1日でわかる協調学習」、お楽しみに!
—————————【第4回 公開研究会 概要】————————————
●テーマ
「デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー」
第4回:「魅せます、CSCLのすべて:1日でわかる協調学習」
●日時
2005年7月9日(土曜日) 午後2時〜午後5時
●場所
東京大学 本郷キャンパス 情報学環暫定ANNEX 2F教室
http://www.beatiii.jp/images/sem12-map.gif
●定員
40名(お早めにお申し込みください)
●参加方法
参加希望の方は、BEAT Webサイト
http://www.beatiii.jp/seminar/
にて、ご登録をお願いいたします。
●参加費
無料
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■3.【お知らせ】東京大学 教育環境のリデザイン:第1回シンポジウム
情報通信技術による「授業の革新」 のご案内
7月11日(月)午後3時から
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このたび、東京大学では「教育環境のリデザイン」というシンポジウムを開
催します。
このシンポジウムは、
1) 東京大学の「教育の情報化」方針、Treeプロジェクトのご紹介
2) 東京大学の「教育の情報化」の各種プロジェクトの紹介
3) 「教育の情報化」に役立つTips、サービスのご紹介
4) 海外大学の「教育の情報化」の現状のご紹介
5) 関係者のネットワーキング
を目的としています。
本シンポジウムに関心がある方なら、どなたでもご参加いただけます。ふるっ
て、ご参加いただけますよう、よろしくお願いいたします(参加無料)。
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東京大学 教育環境のリデザイン:第1回シンポジウム
情報通信技術による「授業の革新」
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■日時:
2005年7月11日 午後3時 - 6時00分(シンポジウム:参加無料)
午後6時より(懇親会:会費を別途いただきます)
■場所:
東京大学 一条ホール
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/yayoi/map.html
■主催
東京大学 教育企画室
■企画・実施:
TREE(Todai Redesigning Educational Environment Project)
東京大学教育企画室 教育環境リデザインプロジェクト
(http://tree.u-tokyo.ac.jp/)
(現在Webサイト作成中:近日公開)
■参加申し込みは
下記の申し込みフォームを7月7日までに
メール「todai2005@nakahara-lab.net」までお送り下さい。
〆ここから-------------------------------------------------
参加申し込みフォーム
■お名前( )
■お名前:カタカナ( )
■ご所属:( )
■メールアドレス:( )
■懇親会には参加する( )
--------------------------------------------------ここまで〆
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■4.【お知らせ】「チャイルド・サイエンス懸賞エッセイ」募集中
(締め切り7/20)
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インターネット上の「子ども学」研究所チャイルド・リサーチ・ネット
(CRN)は、「日本子ども学会」の活動を支援しています。
「第2回子ども学会議(学術集会)」(9/3・4)にあわせて、「チャイルド
・サイエンス懸賞エッセイ」を現在募集しています。テーマは「子どもの不
思議」。科学的に解明したいと考える子どもの不思議について、あるいは知っ
てほしい子どもの不思議について、論述ください。
締め切りは7月20日。
詳しい応募方法、賞品などは、ホームページをご覧ください。
http://www.crn.or.jp/KODOMOGAKU/ACT/ESSAY.HTM
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■5. 紹介したいこの人この1冊。 オススメお蔵出し!
今回は・・・
東京大学大学院 情報学環 助教授 安冨 歩先生
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広く教育やメディアの研究に携わる研究者から、「オススメ本」を、お友達
紹介形式でお伝えする「紹介したいこの人この1冊。オススメお蔵出し!」
のコーナーです。
第11回目となる今回は、安冨 歩先生に「オススメ本」をご紹介して頂きま
した。
安冨 歩先生
(東京大学大学院 情報学環 Webページ
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/)
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私は、社会というものがどのようなダイナミクスで成り立っているのか、と
いう問題をずっと考えてきました。その過程で理論経済学、経済史、非線形
数理、社会史、数理生態学、コミュニケーション論、人類学、環境科学など
といった分野を遍歴してまいりました。それらをひとまとめにして、「専門
は歴史と複雑系科学です」と言うことにしております。
ここ二〜三年、もっとも力を入れているのが「黄土高原生態文化回復プロジェ
クト」です(http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/ ̄yasutomi)。これは大阪
外国語大学の深尾葉子助教授(東京大学情報学環客員助教授)が十数年にわ
たって継続された中国陝西省北部農村でのフィールドワークによって培われ
た知識に依拠し、それに私が複雑系科学を通じて得た理系の人脈を接合させ
て展開しています。この欄の私の紹介者横山和成さんは首謀者の一人で、そ
のルートを通じて小清水式糞尿液肥化装置を現地の大学である楡林学院に導
入することに成功しました。
このプロジェクトは黄土高原の生態系回復を目指すものですが、「決して自
分で木は植えない」ことをモットーにしています。そのかわり現地社会のダ
イナミクスを読み、そこにコミュニケーションの渦を作り出すことを目指し
ます。この間接的アプローチの手法と理論の陶冶が私にとってのこの活動の
主たる意義です。
今回ご紹介するのはこのプロジェクトの出発点たる深尾グループの第一期調
査の記録と、間接的アプローチの聖典たる『孫子』です。
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1)『黄土高原の村』
深尾葉子ほか(著)
古今書院
中国について日本人の接する情報はほとんどの部分が上海や北京といった大
都市のものであり、時に農村についてのものが流れ込んできても、大抵は
「悲惨な」という形容詞が付いています。本書は中国農村の「快適さ」につ
いての最初の本であるかもしれません。
一昨年、私は中国で八ヶ月にわたって活動しておりましたが、そのうち五ヶ
月は黄土高原の村の窰洞と呼ばれる住居に暮らしていました。誇張なしに言
いますが、窰洞に匹敵しうるほど快適なのは、北京や天津の超高級ホテルだ
けでした。そして、大都市の裕福な子供たちに比べ、村の子供たちがはるか
に幸福そうで美しいという事実は、人間の暮しの意味について深刻な反省を
私に迫りました。森林がほとんど消滅し、土壌が猛烈な速度で流出し、春に
は黄砂を飛ばし、年間雨量が400ミリを切り、一人あたりの年間所得が一万
円を切るような地域がなぜそれほどまでに快適なのか。この本はその秘密を
教えてくれます(安冨)。
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2)『孫子』
浅野裕一(著)
講談社学術文庫
「間接的アプローチ」という概念はリデル=ハートというイギリスの軍事思
想家の提唱したものです。その主著『戦略論』の冒頭には『孫子』からの引
用がいくつも掲げられています。ところが、従来流布していた『孫子』の論
理にはいまひとつ納得できないところが多くありました。
浅野『孫子』は一九七二年に山東省の前漢時代の墓から出土した竹簡本を底
本としており、そのような矛盾のほとんどが解消されて、孫子がいかに現実
的で透徹した論理を展開していたかが明らかになっています。孫子の兵法
(間接的アプローチ)の眼目は「コンテキストに言及せよ」ということにあ
るというのが私の考えです。
「百戦百勝は、善の善なる者には非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、
善の善なる者なり。」黄土高原で私たちが植林しないで緑化を達成しようと
しているのは、この思考に基づいています。リデル=ハートは間接的アプロー
チは「生命の法則」だとさえ言っており、研究、教育、ビジネスなどなど、
全ての局面に適用可能な思考法です(安冨)。
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ご好評をいただきながらこれまで11回続けてまいりました、
「紹介したいこの人この1冊。 オススメお蔵出し!」
は、今回で最終回となります。
最終回を飾っていただいた、安冨 歩先生からのメッセージです。
今回で最終回だそうですので、バトンは私の同僚の山内祐平さんにお戻しし
ます。テディ・ベアを思わせる風貌とやわらかな語り口の与えるイメージと
は裏腹に、山内さんは猛烈なスピードとエネルギーで仕事をこなし、ベネッ
セ先端教育技術学講座の活動をリードしておられます。これだけの仕事をニ
コニコしながらできるということは、山内さんも随所で間接的アプローチを
適用しておられるのだろうと想像する次第です。
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来月からまた新たな企画がはじまりますので、お楽しみに!
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■6. 編集後記
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最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
beating第13号はいかがでしたでしょうか。
しかし、ジメジメしてますね。暑くて、外を歩いているとまとわりつく空気
をかきわけているようでもうイヤになります。
そんな気分も沈みがちなこの季節、何かおいしいものでも食べて、せめて体
力だけでもつけたいものと食材を仕入れにスーパーへ。(外食じゃないとこ
ろが貧乏くさい。)
やっぱり体力つけるなら肉でしょ(?)、ということで鮮度の良いおいしそうな
お肉を買ってきたんですよ。でも家の台所で見ると、何か変。色がにぶい。
スーパーではあんなに新鮮に見えたのに。梅雨だし、ジメジメだし、帰りに
寄り道しちゃったし、もう傷んじゃったのかな?
って思ったんですけど実はそうじゃないんです。もう一度スーパーの精肉売
り場を思い出してみると…。そう、家の台所とは照明が違うんです。そうい
えば、スーパーでは赤みがかった光が使われてたっけ。家は?といえば、蛍
光灯の青みがかった光ですね。なるほど、肉自体の鮮度が変わったわけでは
なく、照明効果で見え方が変わったってわけですね。赤みがかった光が、赤
身のお肉の鮮度の引き立て役だったわけです。
このように、光のあて方でモノゴトは大きく変わって見えます。これは研究
にもいえること。どんな光をあてると、そのモノゴトのどんな側面がはっき
り見えてくるのか?BEATのさまざまなプロジェクト会議を覗くと、どこも
まずこの部分をしっかり考えることに多くの時間を費やしていることが伺え
ます。
これから成果が見えてくる、BEATのさまざまな研究プロジェクトは、私た
ちにどのようなモノゴトの側面を見せてくれるのでしょうか?楽しみですね。
では、次号のbeatingもご期待ください。
「beating」編集担当
八重樫 文
kazaru@beatiii.jp
-------次回発行は7月第4週頃の予定です。
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端教育技術学講座にて、「beating」からのお知らせのためだけに使用いた
します。また、ご本人の同意なく、第三者に提供することはございません。
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無断転載をご遠慮いただいておりますので、転載を希望される場合はご連絡
ください。
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「beating」編集担当
八重樫 文
(福山大学 人間文化学部 人間文化学科
メディアコミュニケーションコース 専任講師)
kazaru@beatiii.jp
□「BEAT」公式Webサイト
http://www.beatiii.jp/
□発行
東京大学大学院 情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座「BEAT」
Copyright(c) 2005. Interfaculty Initiative in information Studies,
The University of Tokyo. All Rights Reserved.
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