Beating 第49号
2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
第3回:言語教育のフロンティア「理論」
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東京大学大学院 情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座「BEAT」
メールマガジン「Beating」第49号 2008年6月24日発行
現在登録者名 1636名
2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
第3回:言語教育のフロンティア 「理論」
http://www.beatiii.jp/?rf=bt_m049
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┃★CONTENTS★
┃■1. 特集:2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
┃
┃ 第3回:言語教育のフロンティア 「理論」:
┃
┃ 「言語教育における社会文化的学習観を取り入れる」
┃
┃■2. 【お知らせその1】「2008年度 第1回 BEAT Seminar」WEBサイトの
┃ ご案内
┃
┃■3. 【お知らせその2】「UTalk: 脳科学に何を期待しますか?」
┃
┃■4. 編集後記
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■1. 特集:2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
第3回:言語教育のフロンティア 「理論」:
「言語教育における社会文化的学習観を取り入れる」
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■第二言語学習ってどういう考えで進められているの?
近年、日本でも第二言語学習、特に英語を小学校で教えるという流れが活発に
なってきています。グローバル化が進む時代では、もはや島国の日本人でも
海外の言語を学ばなければいけない状況になっていることは間違いありません。
でも、そもそもどうやったら第二言語をしっかりと獲得できるのでしょうか?
特に、文法には強いが話すのは不得手だとよく言われる日本人は、どうすれば
外国語を真の意味で習得できるのでしょうか?
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■脱文脈から文脈重視へ
随分も前ですが日本の学校の英語の授業では”This is a pen.”という文章を
基にした学習から始まっていました。私たちが英語を使用する場面では(日本
語の使用場面ですら)滅多にありません。ここ10数年くらい前から外国人の学
生が日本の家庭へホームステイをすることや日本のニュースでも放送されるよ
うな話題など、私たちの日常生活に近いストーリーが採用されるようになり、
私たちが英語を使用するかもしれないシーンを考慮されるようになってきまし
た。
これは第二言語獲得のメインストリームである、認知理論から社会文化的な要
素を含めた社会認知理論へのシフトがなされてきたためです。従来の認知理論
に沿った学習では社会的な文脈に関係なく、文法的な要素などを学習をするよ
うな形態が多かったのです。例えば、文法的な説明がなされた後で、私たちの
日常生活からかけ離れた文が文法的な事例として出され、それらを繰り返し、
ドリルのように記憶するといったことです。
言語教育における社会的文脈の重要性についてはコミュニケーション能力の育
成において、長らく主張されてきましたが、その重要性が論文や実践で数多く
主張されるようになってきたのは1980年代後半あたりからです。それでも認知
理論を支持する学習法は長く続いてきましたが、今までの社会的文脈の言語教
育における有効性に関する研究知見を整理し、認知理論にに社会的文脈という
新しい観点を加え、第二言語学習の概念を再構成しようと試みる研究が出てき
ました。今回紹介するFirthとWagnerは言語教育における社会認知理論でも世
界的に支持され、彼らの1997年の論文は10年たった今でも論文誌上で熱く議論
がされています。
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■第二言語学習に社会的文脈を!
FirthとWagner(1997)は、論文の中で第二言語獲得のメインストリームがあ
まりに文法を中心とした認知的な考えに寄りすぎていること、社会的な観点が
欠けていることを批判しました。
また、彼らはコミュニケーションに欠点があることをほのめかすような”lear
ner”という言葉や、学習者のゴールとして存在するような”Native Speaker”
という単純化された表現にも疑問を抱きました。
そこで彼らは、ネイティブスピーカーと学習者の会話をもとに、ネイティブス
ピーカーが不慣れな話し方の学習者の言葉を間違って聞き取ったり、その学習
者の言葉を混ぜて(「This はappleでしょ?」)会話を行っていることを発見
し、第二言語獲得には話をしながら考えを共有したり、共に学んでいったり、
その会話での学習内容を統合するといった相互交流が必要であると主張しまし
た。言語ありきではなく、文脈に依存するものとして言語があると考えていた
のです。
つまり、彼らは第二言語全体をインプットするのではなく、利用できる部分だ
けを抽出して「使う」ことこそが学習のゴールだと考えており、それには社会
的な文脈に依存していなければいけないと主張したのです。これによって、そ
れまで個人の認知的な方向に偏っていた第二言語獲得の概念を、社会的な文脈
の方向に広げることができ、両者のアンバランスを解消する第一歩となったの
です。
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■「個人&認知」か「社会&文脈」か
これを機に、第二言語獲得について活発な論争が起きることになりました。ま
さしくコミュニケーションの実践の場である社会から言語の振る舞いや発達が
生じるのだと賛成する人もいれば、「使用」と「獲得」は別の行為だと反対す
る人も出てきました。ほどなく、これらはどちらも間違った発言ではなく、両
者は心理学と社会学それぞれの次元で平行して成り立っているという考えが主
流になり、両者の融合案を支持する人が増えてきました。
例えば、Kasper(1997)は、第二言語獲得の視野を広げるという意味で賛成し
つつも、利用できる部分だけを抽出して「使う」までに至る部分を個人レベル
の認知で解明するべきだと主張しました。また、Poulisse(1997)は、まずは
認知的に学び、それから社会的な文脈に応じて使う練習をすれば良いという、
段階別の折衷案を提示しています。こうして、第二言語獲得は新しい方向へと
進んでいき、より豊かで広範な理論へと進化してきました。
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■第二言語獲得のフロンティア
こうして現在、第二言語獲得は社会的な文脈を考慮した4つのメインストリー
ムに分かれています。今、第二言語獲得はどういった社会性と関連したものと
して考えられているのか、順に見ていきましょう。
一つ目は、心的な社会文化的理論を用いた第二言語獲得です。これは、我々は
社会や文化などの背景に基づき、それによって行動が洗練されるという理論体
系で、ヴィゴツキーに基づいています。この理論では、心を豊かにするための
ツールとして認知的な言語があると考え、それを通して社会と交流していくこ
とが大切だと考えています。しかし、同時に個人というものはその限られた社
会の中で生み出された認知構造の産物だと考えており、両者のバランスが保た
れていることがわかります。
二つ目は、状況的な学習による第二言語獲得です。これは、社会のあるコミュ
ニティの一員として参加することによって、そのコミュニティの言語や文化や
振る舞いを学習するという理論体系で、子どもは社会に参加していくプロセス
の間に様々な知を学んだり、アイデンティティを手に入れると考えられていま
す。そして、それらを学びとるための主要な方法として、その社会に依存した
言語の使用が位置づけられている点がこの分野の特徴的だといえるでしょう。
三つ目はポスト構成主義による第二言語獲得です。これは、言語の役目に焦点
を当て、意味を社会での会話や実践を通して生み出されるものだとする考え
です。第二言語獲得においても、言語の獲得の仕方には社会的な主観性の影響
を受けており、その人のアイデンティティの形成(男言葉や女言葉)にも大き
く影響すると考えている点が、この分野の特徴です。
そして四つ目は対話による第二言語獲得です。これは言語や思考や意味といっ
たものの中心は「発語」だというBakhtin(1986)の考えに基づくものです。こ
れは最近出てきたばかりの考え方で、社会的な相互交流である対話に参加する
ことによって初めて人は主体性を獲得する(自分は何者かわかる)と考えてお
り、移民者がそのコミュニティでアイデンティティを確立するためには、対話
のもととなるその文脈の言語を学ぶことが重要だと主張しています。
この4つのメインストリームは対立的なものではなく、それぞれが関係していま
す。それぞれの研究者が自分の立ち位置で研究を進めています。4つそれぞれ
異なる観点から言語教育における社会的文脈とその効果について検証していく
という姿勢というように理解できると思います。このように、第二言語獲得は
いまや社会状況をかなり考慮に入れて進められる分野へと変化したといえるで
しょう。
■今後の課題
グローバル化された現代、第二言語を学ぶという場合には企業の活動における
業務遂行など特定の状況がついてきます。そのため、社会的な文脈を取り入れ
て言語の獲得方法を考えていくという発想は、まさに現代だからこそ出てきた
発想で、現代だからこそ考えなければならないことだといえるでしょう。
ただ、今までの個人レベルの認知的な考え方を全て捨てるのではなく、社会実
践の考慮、個人的認知の考慮の二つをバランスよく保ちつつ、両方の立場から
第二言語習得のこれからを発展させ、研究を進めていくことが求められている
と思います。
さて、これで言語教育の特集は全て終わりました。いかがだったでしょうか?
みなさまの今後の活躍に少しでもお役に立てることを祈りつつ、この回を終わ
らせていただきます。
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参考文献
Bakhtin, M. M. (1986) Speech genres and other late essays
(1st ed., C.Emerson & M. Holquist, Trans.).Austin: University of
Texas Press.
Firth,A. & Wagner, J. (1997) On Discourse, Communication, and (some)
Fundamental Concepts in SLA Research", The Modern Language Journal,
81,285-300.
Kasper, G. (1997) "A" stands for acquisiton: A respnse to Firth and
Wagner, The Modern Language Journal, 81, 307-312.
Larsen-Freeman,D. (2007) “Reflecting on the Cognitive-Social Debate
in Second Language Acquisition” The Modern Language Journal, 91,
773-787
Poulisse, N. (1997) Some words in defence of the psycholinguistic
approach:A response to Firth and Wagner. The Modern Language Journal
81, 324-328.
Swain, M. & Deters, P. (2007) “New” Mainstream SLA Theory: Expanded
and Enriched” The Modern Language Journal, 91, 820-836
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(特集記事協力:
池尻良平/東京大学 大学院 学際情報学府 修士1年
山田政寛/東京大学 大学院 情報学環 特任助教
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次号からは幼児教育のフロンティアが始まります。
「5分で分かる学習フロンティア」どうぞお楽しみに!
ご意見・ご感想もお待ちしております。
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■2. 【お知らせその1】「2008年度 第1回 BEAT Seminar」WEBサイトのご案内
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今月7日に2008年度 第1回 BEATSeminar「あなたに『ぴったり』な学びを
かなえる技術 -教育における協調フィルタリングの可能性を考える- 」を
開催致しました。100名を超える方々にご参加下さいました。
ありがとうございました。
その内容を BEAT Webサイトに本日公開いたしました。当日出席出来なかった方
、内容を振り返りたい方、どうぞご覧下さい。
2008年度 第1回 BEATSeminar「あなたに『ぴったり』な学びをかなえる技術
-教育における協調フィルタリングの可能性を考える- 」 2008年6月7日(土)
http://www.beatiii.jp/seminar/034.html?rf=bt_m049
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■3. 【お知らせその2】
「UTalk: 脳科学に何を期待しますか?」
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「UTalk: 脳科学に何を期待しますか?」
UTalkは、様々な領域で活躍している東京大学の研究者をゲストとして招き、
毎月開催するイベントです。カフェならではの雰囲気、空気感を大切にし、気軽
にお茶をする感覚のまま、ゲストとの会話をお楽しみいただける場となっていま
す。7月は、佐倉統さん(情報学環教授 *)と、社会は「脳科学」をどのように
見て、何を期待しているのかに ついて考えます。みなさまのご参加をお待ちし
ています。(* ST 社会技術研究開発センター、理化学研究所脳科学総合研究セ
ンターを兼務)
日時: 7月12日(土)午後2:00〜3:00
場所:UT Cafe BERTHOLLET Rouge
(東京大学 本郷キャン パス 赤門横)
http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/access.html
料金:500円(要予約)
定員:18名
申し込み方法: (1)お名前(2)ご所属(3)ご連絡先(メール/電話)(4)イベントを
お知りになったきっかけ、をご記入の上、 utalk2008@ylab.jp までご連絡く
ださい。
※申し込みの締め切りは 7月4日(金)までとします。
なお、申し込み者多数の場合は抽選とさせていただく場合がございます。 ご了
承ください。
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■4. 編集後記
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Beating第49号はいかがでしたでしょうか。
6月も末になり、いよいよ夏本番を迎えます。暑くなってきますね。私は京都
出身なのですが、京都はおそらく、大変な暑さなのでしょう・・・でも、ご飯
がおいしくなる季節になってきました。熱い京都の夏に、ビールと鱧(はも)
の湯引き梅肉添えですかね。私は賀茂茄子が好きです。田楽や揚げ出しもいい
ですが、チーズをはさんで揚げたものも好きです。
この3ヶ月間、言語教育をテーマに特集を組んできました。言語教育・言語学習
の研究は古くからされてきていますが、近年の様々な学術分野と関連しながら、
研究がされてきてます。情報技術の関連では、今はチャット、音声チャット、
セカンドライフのような仮想空間で世界中の人とコミュニケーションすることが
できます。言語教育のフロンティアで東京電機大学の吉成先生は、情報通信技術
を使うことで従来の言語教育の前提を前提としなくてもいい、大きな変化を生む
ことをおっしゃってました。外国語に日頃より触れる機会が諸外国に比べ、大変
少ない日本でよりよい外国語教育環境を提供していけるように身を引き締めて
研究しないといけないですね。
そのためにも今回の「理論」編は研究を続けていく上で押さえておかないといけ
ない重要なものをご紹介しました。イギリスのオープン・ユニバーシティーのDr.
Regine Hampelは「外国語教育における情報技術の効果を測るには言語学習理論
や学習科学の理論を踏まえて研究と実践を続けていかなければならない」と主張
しています。彼女は情報通信技術を背景理論もなく、やみくもに使用することに
対して、ある種、警鐘しているのですが、「なぜその技術を使用するのか?」、
「その技術を使用すると、学習において何が変わるのか?」というような点を
学習科学などの背景理論に基づいて、押さえておかないといけません。言語教育
に限った話ではないですが、研究者だけではなく、情報技術を使って教育を変え
て行きたいと願う人は忘れてはならないことだと実感しました。
私もその言葉をしっかり胸に刻んで、気合を入れ直して、研究をしたいと思いま
す。これから暑い夏に入っていきますが、がんばっていきましょう。
では来月のBeatingもお楽しみに。
「Beating」編集担当
山田 政寛(やまだ まさのり)
yamada@beatiii.jp
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