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Beating 第55号
2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
第9回:社会科教育のフロンティア「理論」

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  東京大学大学院 情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座「BEAT」   
  メールマガジン「Beating」第55号     2008年 12月22日発行    
                        現在登録者1689名    
  2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
   第9回:社会科教育のフロンティア 「理論」

           http://www.beatiii.jp/?rf=bt_m055
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┃★CONTENTS★
┃■1.  特集:2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
┃
┃    第9回:社会科教育のフロンティア 「理論」:
┃             〜「歴史を」学ぶ学習から「歴史で」学ぶ学習へ〜  
┃■2.【お知らせ】「UTalk: 生きている地球−水深2000mの火山と温泉−」
┃
┃■3. 編集後記
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■1. 特集:2008年度Beating特集「5分で分かる学習フロンティア」
第9回:社会科教育のフロンティア
                 〜「歴史を」学ぶ学習から「歴史で」学ぶ学習へ
研究者:Peter Lee, Jannet van Drie, Carla van Boxtel他
所属:University of London Institute of Education, 
                                          University of Amsterdam 他
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今年度のBeatingでは、情報通信技術が導入されて間もない教科や領域に注目し、
その教科や領域で活躍する人や理論、プロジェクトを紹介しております。今月
は社会科教育のフロンティアの最後になります「理論」編です。その中でも今
回は歴史教育に焦点を当てます。

 歴史学習において、史料を読む時の技術を重視するか、歴史の知識を習得す
ることを重視するか。これは「skill or knowledge」という有名なテーマで、
20世紀初頭から世界中で議論されてきました。そして、20世紀半ば、主にイギ
リスやアメリカなどはスキル重視へ、日本は知識重視の方向に傾きました。
ところが、日本でも最近は知識重視を脱しようとする動きが盛んになってきて
います。この1世紀に渡る議論はどう終結するのか、なぜ今歴史学習において
知識重視が弱くなってきたのかを最新の歴史学習モデルをもとに分析し、これ
からの歴史学習の在り方を考えてみましょう。


■歴史学のターニングポイント
 昔から歴史教育と歴史学の関係は非常に強く、歴史学者が紡いだ知識や方法
論に連動して歴史教育はデザインされてきました。「skill or knowledge」と
いう言葉も、歴史学者が持つスキル、歴史学者が紡ぐ歴史上の事実を念頭にお
いて出来た言葉だといえます。
 ところが、1960年代半ば、哲学界で生み出された言語論的転回という概念が
歴史学を大きく変えることになりました。言語論的転回とは、言語は世界を客
観的に説明する媒体ではなく、話す人の主観的な世界を説明する媒体になると
いう主張です。例えば、皆さんも何かの事件に関する報道を聞いた時、同じ事
件でも、新聞やニュース番組によって印象が変わったという経験があると思う
のですが、そういうことを想像してもらえればわかりやすいと思います。
それまでの歴史学は史料の信憑性は考慮に入れていたものの、誰がどういう影
響を受けてその史料を残したのかまでは厳密に考えていませんでした。その分、
言語論的転回は歴史の捉え方を大きく変え、引いては歴史教育も大きく変える
ことになったのです。


■過去の文脈を重視する歴史教育へ
その結果、歴史学は史料そのものだけではなく、史料を取り巻く当時の社会的
文脈も考慮に入れるようになりました。そして、歴史教育においても単に知識
を教えるのではなく、史料をどう読み、どう解釈するのかという技術的な面が
1980年前後から重視されるようになりました。当時の社会構築主義(注1)の
影響もあり、史料そのものが社会的・文化的な影響を受けたものだと見なされ
るようになったのです。


■歴史学習に必要なスキルって何?
 こうして歴史における社会・文化的な見地の必要性が出てくるにつれて、19
90年頃から客観的に歴史の史料を読み解くためのスキルは何なのかを明らかに
しようとする動きが活発になってきます。その結果、2000年までに歴史の史料
の多面的な分析や因果関係の推論、より説得力のある意思決定の手順など、歴
史学者が持つ様々なスキルを歴史学習の文脈にあてる形で登場しました。
ただ、これらのモデルは歴史を一面的な部分(例えば、史料の文脈性だけ、色
々な解釈を担保する議論だけなど)しか焦点を当てていない点をDrieとBoxtel
が指摘します。そして、2007年には彼らが歴史学習に必要な様々なスキルを整
理して、元々彼らが提唱していた”historical reasoning”という概念に組み
込み、多面的な方向から歴史のスキルを担保できる総合的な歴史学習のモデル
を構築しました。

 この”historical reasoning”とは、先ほど述べた社会構築主義の考えをも
とに作られています。これは過去の出来事を知ると共に、歴史の解釈のスキル
も身に付けさせようというもので、歴史の因果関係を子どもに考えさせる能動
的な学習を理想としています。
 そして2000年までに提唱されてきた歴史学習におけるスキルを整理した上で、
”historical reasoning”に付け加える形で以下の6つを挙げています。

(1)史料の活用(当時のことを書いた生の史料をそのまま使って考えさせる)
(2)文脈性の重視(史料の内容を鵜呑みにせず、当時の時代背景を考えさせる)
(3)歴史的な質問(「何故封建制度は衰退したのか」など、歴史理解を促進す
る質問を与える)
(4)議論(生徒各自の意見をぶつけさせ、より客観的・多面的な意見を作り上
げさせる)
(5)歴史に必要なメタ概念(「時間の不可逆性」「証拠」などの歴史における
概念を教える)
(6)本質的な概念の使用(「階級」や「帝国主義」など個々の事柄を抽象化す
る概念を教える)

 こうして、21世紀に入った現在において、歴史史料の社会的・文化的な影響
を考慮してより客観的に読み解く学習モデルがまとめられました。


■子ども達の現在の文脈も考える歴史教育へ
 その一方でLee(2001)は、歴史の史料だけでなく、子ども達自身も自分達
の経験に基づく社会的・文化的な考えを持って授業を受けることを指摘してい
ます。子ども達の持っている現在の常識に照らしあわせて歴史の事柄を見てし
まうせいで、うまく理解ができないという問題が起きているのです。だからこ
そ、歴史を日常とかけ離れたものにするのではなく、子ども達の現在の生活と
歴史をいかに結びつけるかが重要だと主張しています。
 そこで、Leeは2005年に”usable historical framework”という歴史学習の
モデルを提唱しました。これは、子どもが常識とはかけ離れた時代の出来事で
も一貫性を持って理解できるようにするために、昔も今にも通じる、似たよう
な概念で、時代や場所で特殊なものにならないで文脈によって修正できる概念
を指します。例えば「民族紛争」や「階級闘争」や「ジェンダー」がこれに該
当します。個々の紛争や闘争を一段階抽象化した概念とも言えます。
 そして、この歴史的な枠組みを使って、変化のパターンを検証していくこと
で、現代においても似たような変化が予測可能になるというモデルになってい
ます。例えば、イギリスの市民革命とアメリカの公民権運動を階級闘争の一例
として捉えることで、現在の階級における問題はどうやったら良い方向に変化
させられるかを子ども達に考えさせることができるという具合です。
この歴史学習におけるモデルの妥当性はこれからの研究成果を待たなければな
りませんが、子どもの生活の文脈まで考慮している点で、今後の歴史教育にお
ける一つのメインストリームになることは間違いないでしょう。


■歴史学習のフロンティア −「過去と現在の対話」のために
 歴史学の巨人E.H.カーは、歴史を学ぶことを「過去と現在の対話」と呼び、
歴史そのもの、例えば公民権運動を学ぶことに意義があるのではなく、歴史を
通して現在の権利や制度を相対的に捉えるようにさせることが重要だと主張し
ました。ところが、実際の学習において、どうすればそれが可能になるのかま
では言及していませんでした。
 ところが、歴史の史料の文脈性の<発見>を経て、ここ半世紀で史料を社会
的・文化的な面まで考慮して分析する学習モデルが提唱され、日本においても
2000年頃から、社会科の一部として歴史「で」学ぼうとする教授方法が次々と
開発されています。さらに学ぶ対象と学ぶ子ども達の関係性を重視する学習モ
デルも登場してきました。
歴史を学ぶ意義を考えると、おそらくこれからは、過去のある出来事だけを詳
細に分析するだけでなく、現代と照らしあわせつつ子ども達と歴史との関係性
を意識させる授業モデルが必要になってくるでしょう。
 アカデミックな歴史をただただ暗記するだけだった子ども達が、歴史を人類
の壮大な経験として現代に引き寄せて考え、そこから学んだことを未来に活か
していけるようになる日も近いのかもしれません。

さて、今回の社会科編をもちまして私の執筆は終了させていただきます。長文
にも関わらずお読みくださり、ありがとうございました。最後に一言。歴史学
習は、メディアリテラシーやデータアーカイブスの利用、リフレクションなど、
他の分野と非常に親和性が高い分野です。今回の社会科の理論が各分野に活か
されることを心より願っております。

注1:社会構築主義とは、現実の社会に存在する事実や意味は全て人の頭の中
で作られたもので構成され、人々はその構成された社会に生きているというこ
とを指します。


■参考文献
Peter, Lee(2005) “Historical literacy: theory and research” Inter-
national Journal of Historical Learning, Teaching and Research.

Jannet van Drie, Carla van Boxtel(2007)”Historical Reasoning: Towar-
ds a Framework for Analyzing students’ Reasoning about the Past.” Sp-
ringer science + Business Medhia.

Kaya Yilmaz(2007)”Introducing the ‘linguistic turn’ to history ed-
ucation” International education Journal

Committee on How people learn(2001)「How Students learn: History Met-
hematics, and Science in the classroom」

佐藤育美、桑原敏典(2006)「現代社会科歴史授業構成論の類型とその特徴」
『岡山大学教育実践総合センター紀要』

歴史学研究会(1993)『歴史学と歴史教育のあいだ』三省堂
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(特集記事協力:
池尻良平/東京大学 大学院 学際情報学府 修士1年)
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今月号で社会科教育のフロンティアが終了します。次号からは高等教育のフロ
ンティア「人」編が始まります。「5分で分かる学習フロンティア」どうぞお楽
しみに!ご意見・ご感想もお待ちしております。
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■2. お知らせ 「UTalk: 生きている地球−水深2000mの火山と温泉−」

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UTalkは、様々な領域で活躍している東京大学の研究者をゲストとして 招き、
毎月開催するイベントです。カフェならではの雰囲気、空気感を大切にし、気
軽にお茶をする感覚のまま、ゲストとの会話をお楽しみいただける場となって
います。海の底はどんな形をしていて、そこでは何が起こっているのでしょう
か。1月のUTalkでは、インド洋やフィリピン海に出かけて調査をしている沖野
郷子さん(海洋研究所 准教授)に400度の熱水が湧く海底火山についてお聞き
します。みなさまのご参加をお待ちしています。

日時:2009年1月10日(土)午後2:00〜3:00
場所:UT Cafe BERTHOLLET Rouge
(東京大学 本郷キャン パス 赤門横)
http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/access.html
料金:500円(要予約)
定員:18名
申し込み方法: (1)お名前(2)ご所属(3)ご連絡先(メール/電話)、
(4)このイベントをお知りになったきっかけ をご記入の上、 
utalk2008@ylab.jp  までご連絡ください。

※申し込みの締め切りは12月31日(水)までとします。
なお、申し込み者多数の場合は抽選とさせていただく場合がご
ざいます。ご了承ください。
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■3. 編集後記

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Beating第55号はいかがでしたでしょうか。

12月になって、冬到来という感じになってきましたね。12月末ということ
で、イベントが目白押しですね。忘年会、クリスマス、大みそか。大忙しで
すね(笑)忘年会を連日参加されている方も多いのではないでしょうか?今
年はいいニュースが少なかったですが、そんなことは忘れて、いいお話をし
て盛り上がっていい年を迎えましょう!!

さらにあと数日でクリスマスですね。街中もクリスマス一色です。我が家は
クリスマスに妻の博士審査公聴会があるので、遊び気分はないですね。最終
の審査会なので、準備で大変なようです。私も昨年末はそんな感じでした。
私は年明け早々に公聴会だったので、年末はなかったですね。研究室で年越
しそばを1人で食べ、公聴会の練習をし、元日朝に富士山を研究棟から見て
ました。そんなことを思い出します。クリスマスは大変な分(私が大変とい
うわけではないのですが)年末と年明けは昨年と違い、研究室ではなく、家
で過ごすことができます。

それでは皆様も良いお年をお迎えください。
次回のBeatingもお楽しみに

「Beating」編集担当
山田 政寛(やまだ まさのり)
yamada@beatiii.jp
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「Beating」編集担当 山田 政寛
(東京大学 大学院 情報学環 特任助教)
yamada@beatiii.jp

□「BEAT」公式Webサイト
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□発行
東京大学大学院 情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座「BEAT」

Copyright(c) 2008. Interfaculty Initiative in information Studies,
The University of Tokyo. All Rights Reserved.
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